2016年12月6日火曜日

「超現実と実存」(グループ展「私、他者、世界、生 ―現実を超える現実」コンセプトテキスト)

 〈私〉や〈他者〉を通じて〈世界〉を、あるいは〈世界〉から〈私〉や〈他者〉を知覚したり認識したりすることを通じて、人や人になぞらえられた影像を絵画に描出する行為は古今東西、広く行われていることであり、このような行為は無意識の領域に深く根ざしている。それだけに、感覚だけで了解できることもあれば、描画という行為や絵画における現象を読み解く行為を経なければ意味が浮かび上がらないこともある。
 本企画のタイトルは「私、他者、世界、生――現実を超える現実――」であるが、一人称〈私〉に続く言葉が人称を特定しない〈他者〉であるのは、自我を客観視する〈自己〉であるよりも前に、主体としての〈私〉であることが先立つのに対し、〈他者〉とは〈あなた〉であっても〈彼(女)〉であっても、〈誰〉であっても、〈私〉からは隔たった存在であることによる。ここに何を代入しようと自由なのだ。あるいは、偶然や必然がここに何かを代入する。それならば、〈他者〉とは人形や置物であってもいいどころか、人間や生物の影像である必要すらないかもしれない。

 ところで、日本語ではシュルレアリスム surréalisme(仏語)から派生した「シュール」という言葉が、非現実な、いわくいいがたいものを表す俗語として定着しているが、俗語化したことによってその潜勢力がスポイルされてしまった感がある。しかし一方でその軽さは、〈かろやかさ〉としてもあり、〈遊び〉心に浸透するものや刺激するものを指す言葉として感性になじみやすいものでもあった。それゆえ、ときに私たちの「軽薄さ」にもフォーカスされざるをえない。
 そのような俗語的なニュアンスとは違い、本来、シュルレアリスムとは非現実ではなく現実を超える現実、つまり〈強度の現実〉を志向する芸術思潮であるとされる。これはどういうことか。
 ここでは、身の周りに広がる、あるいは目の前の、いわゆる「現実」を超えてある、画面の中の現実のことをひとまず〈絵画における強度の現実〉とよぶことにしよう。
 そして〈絵画における強度の現実〉はどこまでも〈私〉と〈他者〉、あるいは〈私〉と〈世界〉との関わりのなかにあるため、〈実存〉をめぐる哲学の圏域と否応なく接している。〈実存〉とは事物存在とは異なり、本質に先立つ真実にして現実なる人間存在の独特のあり方、と一般には解説されているが、潜在意識の内奥の、その暗がりにあって人間の判断や行動をつかさどるもの、とするヤスパースやメルロ=ポンティの〈実存〉概念をとりわけ私は想定している。
 ところが、シュルレアリスムを〈実存〉という問題系において思考する議論はほとんど見受けられない。フランス現代思想において「実存主義」の立場からサルトルがブルトンを批判したことの残響を引きずっていることや、美術史が20世紀の出来事として整理していることにもよるだろうが、それよりも何よりも、シュルレアリスムを扱うとき、人はえてして客体として扱える距離を置くという態度を取りがちになる。なぜなら、実存に反照することへの恐れが、それを実存の問題として容易には扱えなくしてしまうという心理に起因するからだ。作品を鑑賞したり作品について語ったりする〈私たち〉が、他人事ではないと感じたり、無意識に跳ね返るものを感知して竦んでしまった経験は多かれ少なかれ誰にでもあるだろう。
 だが、五感で感受するインスタレーションとは違い、作品と観者との間に適切な〈心的距離〉を確保しやすいことが絵画の特質であるという点は、シュルレアリスム絵画とて同じである。ただ、シュルレアリスム絵画には境界をゆさぶる力が顕著なため、関心を誘発しながらも最終的には接触させない(できない)距離を置くのがよい、とされるセオリーをも、しばしばゆさぶってしまうのだ。しかし、それでもなお〈遊び〉や〈かろやかさ〉はシュルレアリスムの大きな魅力であり、押しつけがましさ、僭越さとは逆の方を向いている。
 だとすると、ここには絵画の本質に迫る重大な何かが潜んでいるのではないか。これをキュレーターからの問題提起として受け取っていただきたい。

 ともかく、見た目がそれっぽい、といったビジュアルがシュルレアリスムを条件付けているのでないことは、明言しておきたい。また、動きあるものを固定する箍をつねにすり抜けるため、定義付けにもなじまない。ゆえあって定義がなされるとしても、それはいつも仮のものにとどまらざるをえない。シュルレアリスムとは、その人のなかではいつでも始まり、いつでも終わり、そしていつでも何度でも再開するものである。参照項としても生き方の哲学としても。

 今回ここに集う女性作家たちは、シュルレアリスム(的)か否か、という自覚の有無にかかわらず、みな〈絵画における強度の現実〉を制作において実践している。曖昧なままに厳格な、何かを描いているのだ。
 ゆえに、作品が「シュルレアリスムか」「シュルレアリスムでないか」といったことは大した問題ではないばかりか、主眼はそこにはない。
 それぞれの作家の営為を通じて、〈絵画における強度の現実〉、そして〈実存〉について考え、すでにあるものとは異なる視点から世界を再考し、異なる視点へと私たちの問題意識の領野を広げる機会としたい。
 この展覧会の主眼はそこに(だけ)ある。

                                                               キュレーター 京谷裕彰

★cf.谷川渥「美的距離の現象学」(『美学の逆説』所収,2003年,ちくま学芸文庫)






◆「私、他者、世界、生 ―現実を超える現実」 コンテンポラリーアートギャラリーZone 
2016.12.10~12.27
出展作家:OKA 川崎瞳 松平莉奈 松元悠 百合野美沙子 

2016年11月30日水曜日

行千草 展「―そして神戸 どうなるのかパスタ 賑やかな宴」(Space31/神戸市東灘区)

 《鱗の家・祝い・パスタ》2016,アクリル絵の具/ドンゴロス

行さんといえば、ドンゴロスを支持体にパスタなどの食がモチーフになった空想的な油彩画を描く作家として知られているが、神戸にちなんだ新作シリーズはすべてアクリル画でかろやかなマチエールと祝祭的な雰囲気を醸している。
視覚を通じて味覚や嗅覚を幻のなかで知覚し、命を育むものである食物を象徴化して描くというスタイルは変らない。
地平線が描かれた従来のシリーズも会場に並べられており、その対照性も楽しめる。ちなみに、日本の絵画において地平線が描かれるようになったのは、1930年代にダリの絵画(図版)が紹介されたことや満州への進出が契機といわれているが、これは地平線の向こう側にユートピア的なものを夢想する心理があったからだという。
行さんの絵の中の地平線(あるいは水平線)もまた、夢想が赴く彼方にある、理想的ななにがしかを象徴するものとして無意識裡に採用されたのであろう。

さて、そもそもドンゴロスという麻布を支持体に使い始めたもは「どんごろす」という音の響きがとても面白かったからだそうで、その語感が気に入って使い始めたところ、生(き)のままの質感に魅入られていったとのこと。

その行さんの絵は、ドローイングの線から遷移したと思しきパスタがずっとモチーフであり続けているかと思うと、別の絵では蕎麦になったり、リボンになったり、よくわからない装飾的な模様になったり、ひとつの絵の中で展開したり、あるいは別の絵に跨がったりしながら、自在に変化する。
制作時期によって多少違いはあるものの、行さんの絵の中ではモチーフが語感から連想されたり、形象の類似性から連想されたりしながら、イメージが換喩的に転位してゆく。
事物の隣接性をほどいたり開いたりしてゆくこのようなあり方は、20世紀のシュルレアリストたちが用いたデペイズマンとは異なった特徴を持っているようだ。

それらはとりとめもなく心にうつりゆくものであり、(たいていは)ささやかなものたちだ。
だから、ぼんやりと眺めているととても心地がいい。

 《―そして神戸 パスタが空をなでる時》2016,アクリル絵の具/ドンゴロス


 《酒・肴・松》2015,油彩/ドンゴロス

《縞馬・パスタ・虹》2011,油彩/ドンゴロス

◆行千草 展「―そして神戸 どうなるのかパスタ 賑やかな宴」 Space31 2016.11.25~12.4


2016年11月28日月曜日

詩誌『EumenidesⅢ』52号

表紙装画:つかもとよしつぐ

【エッセイ】
塚本佳紹「美しいということが、」
小島きみ子「『アシジの貧者』について」

【論考】
京谷裕彰「冨士原清一の詩「成立」とシュルレアリスムの明暗」

【連載詩】
渡辺めぐみ「戻っておいで――ルネ・マグリット作『誓言』に寄せて」
広瀬大志「星への帰還」
伊藤浩子「居室 (#3)」

【詩】
小笠原鳥類「魚の歌」
松尾真由美「たとえば静けさのないところ」
京谷裕彰「蝶の囀り」
北原千代「秋のミモザ」
高塚謙太郎「兵站」
藤井わらび「ある九月のアラン島で」
小島きみ子「彼方へ」

【エッセイ】
松尾真由美「詩と花が溶け合う場として」
小島きみ子「書評・夏に読んだ詩集三冊」

【あとがき】


◆2016年11月27日発行
 A5判68頁 600円+ 送料
 編集発行人:小島きみ子 
 講読のご希望は eumenides1551◎gmail.com (◎→@) まで


2016年11月14日月曜日

鍛治本武志 展「鏡の前で」(スペクトラムギャラリー/大阪市中央区)


鍛治本さんは、あらかじめつくっておいたデカルコマニーをパソコンに取り込み、(使う色の種類・数を制限する、デカルコマニーを眺めながら目となる位置が開示されるのを待つ、など)いくつかのルールを決めてオートマティック(自動記述的)な画面の構成を進めていく。

決めておいたルールの階梯を上った時、ぼんやりとしたものに従って感性が適切だと認知するものが降りてくるまでパソコン上での描画と推敲を続けるのだが、ここにはつねに試行錯誤が伴うため作業はパソコン上でなければなしえない。

一つの階梯を上って色や形象、象徴物の配置が定まったら、また次の階梯に上って降りてくるものを待つ。
このルールは、オフィスワークにおいて何か問題に直面すると改善策を講じるビジネスマンのエートスと逆向きでありながら、相似的ともいえる対照性をもっていることに瞠目させられる。
というのも、画像を構築していく過程で理性が介在しそうな問題に直面すると、理性で処理できないよう厳しいルールを課してゆくからだ。

そうしていくつものルールの階梯を経て、これ以上は進まない、というところまでたどり着いたところでパソコン上の作業を終える。
そして出来上がった画像を元に、ようやくキャンバスにアクリルで描画していく。しかし、このアクリル描画という作業はあくまでパソコン上で構築されたものの再現であるため、この段階でのオートマティスムは厳禁、というルールを課している。例えば色を置くときにはマスキングテープを利用する、濃淡が出ないようにする、など。
立体作品の場合でも、基本的には同じ論理で制作される(3Dプリンターで出力)。

以上のような制作のプロセスにおいては、逡巡、葛藤、精神的苦痛、といった状況が絶えず作家を襲うため、時間もかかるし、プロセス自体は遅い。

そこで想起されるのが、20世紀にアンドレ・ブルトンやフィリップ・スーポー、ポール・エリュアールらが試みた詩のオートマティスム(自動記述)の実験である。
詩のオートマティスムによる実験は、記述速度を高速化するに従って一人称「私」が表出された文から減少してゆくことで、主観に基づき幻想を展開するスタイルを離れ、客観が人間に訪れる瞬間を捉えることができるようになる、そういうものだった。詩人から画家へと波及した、絵画におけるオートマティスムも、基本的には速度が鍵となるオートマティスムであった。
鍛治本さんの方法は二十世紀における実験や実践とは外見上もプロセスも異なるのであるが、紛れもないオートマティスムなのだ。

その特徴をひとつだけ挙げるとするならば、何をおいても〈遅さ〉であろう。
制作のプロセスのひとつひとつの階梯において、啓示的ともいえる、超越的なところから降りてくる色や形象の描き留めが行われているのだが、描き留めという行為は、イメージ(というよりも無限へと方向付けられた輪郭のようなもの)を安定させるためのものでしかない。それは、暗号のようなものであるのだろう。

これをひとまず〈遅いオートマティスム〉と名付けることにしたい。

速度へのあこがれと恐怖とがない交ぜになって駆動するグローバル資本主義が発動する強制とは真逆のエートスである。また、真っ向から対立するかにみえてどこか斜な構えでもある。

この〈遅いオートマティスム〉がジャンニ・ヴァッティモらイタリアの思想家たちの提唱する〈弱い思考〉を想起させることは、特筆に値するだろう。
〈弱い思考〉は、目の前にある強制された秩序からの解放を求める人びととの紐帯を生み出す可能性を、つねに開いてゆくのだから。

鍛治本さんは云う、
「私はイタコです」
「自分が間違うことはあっても、絵が間違うことはない」、と。
間違うことのない絵とは、未だ開示されざる、来たるべき絵のことであろう。

鍛治本さんには、速さへの誘惑にたやすく負けてしまう者にはけっして見えないなにかが、見えているに違いない。




◆鍛治本武志 展「鏡の前で」 spectrum gallery  2016.11.11~11.28

2016年10月12日水曜日

小松原智史 展 「コノマエノコマノエ」(the three Konohana/大阪市此花区)

意識にまとわりつく「意味」への縛めから、つねに「無意味」の場へとすり抜けるように描き続ける小松原さんの二年ぶりの個展は、いつも「意味」に固執する私のアタマの中に澱んでいる夾雑物をすっきりとリセットしてくれるような、すがすがしさがあった。
描かれている図像そのものは、目を凝らしてみるとなかなかにおどろおどろしいのだけれど。そのギャップがとても面白い。

ギャラリーを後にするやいなや、その意味を考える時間に戻ってしまわざるをえない私にとっては、たとえつかの間ではあっても、小松原さんが描く場所に共にいる時間はさわやかなものだ。

入り口を入って階段を昇ると開けるホワイトキューブで展開するのは、設営中の期間を含めると約2ヶ月にわたって変化し続けるワークインプログレス作品。点々と設えられたタブローの外側へと増殖するように、壁一面にそれは拡がる。使っているのは墨と付けペン。

 初日(9月2日)の様子。

 10月10日の様子。

奥の和室に設えられた作品。

この奥の和室の壁は何枚ものタブローによって隙間なく埋め尽くされているのだが、ここには私たちの感性をざわめかせる、まるで情念が淵のように滞留したアウラがある。

それに対し、白い静謐な空間に線が引かれ、図像が次々と現れるホワイトキューブでは、アウラは滞留していたものを濯いでくれる、せせらぎのように流れていることが感じられる。
これは描き出された図像という現象、その微細で深い世界から、自然と適度な心的距離がとれることによるのだろう。そこにどんな秘密があるのだろうか。

いずれの部屋にあっても、絵画におけるオートマティスムを、極めて高い純度で実践する作家の営みに立ち会うことができる。



◆小松原智史 展 「コノマエノコマノエ」(Konohana’s Eye #13) the three Konohana 2016.9.2-10.16

2016年9月24日土曜日

島尾敏雄「非超現実主義的な超現実主義の覚え書」(1958年)より

眼に見えたかたちだけが安らかだと思いたがる傾きがあって、眼に見えないものにはおそれが先立つ。眼に見えたもののようになにかが表現されていなければ、落ち着きを失い、それはじぶんとはかかわりのないどこか違った世界のできごととして避けてきた。理解しようとこころをうごかすまえに、しりごみして、その影響のそとにでたがる。しかし眼に見えたかたちだけでは理解できない無数のものに取りかこまれていることを認めると、足がすくんでくる。それはわれわれをなやまし続けている亡霊のひとつとなった。しかしそれを拒否するだけでは、その知ることのできないゆがんだかたちのものにますますおさえつけられるばかりだから、限りなき小胆が、しかしどこまでも、かたちのはっきりしたものだけを、そうでないものから区別して、じぶんの味方にしようとはたらきはじめ、しかしわれわれは対象を崩したり組みたてたりすることになれていなかったから、対手はおさえようもなく大きくなって行くばかりだ。それらはからみ合っているために、意識すればますます窮屈な場所に身をちぢめこめなければならないことになった。知ることのできないゆがんだかたちのものは、こちらを併呑した。それはどんなにかわれわれを威嚇したことか。区別し隔離することに失敗すれば、われわれは敵のただなかに武者修行をはじめなければならぬはめになった。敵は亡霊のなかだけでなく、その利用者としても現れていた。小胆を表札にかかげておいても、敵は容赦なくひとのみにおそいかかってくる。
 仮に自らを処分しなければ、この無慈悲なこころみのなかで、習熟し馴狎することのないぶざまな舞踏を舞い続けなければなるまい。その舞いも又連続させられず、そのため、ぶざまな状態に習熟することさえない。習熟するかとみえると断絶におそわれそしてその断絶の淵におちこんだまま凍死することもできず、又もや習熟の場にはいあがって行く。それは永久にくりかえされる機構だ。そこから脱けでたいと考えるが、あらゆるつばさはもぎとられているから、脱けでて行く道はふさがれているようなのだ。ひどいはじらいが、対象を切りくずし且つ組みたてる技術に手をつけることをさせず、素朴でおかしな胎内旅行がはじまり、それを続けなければならない。さわやかな光はみな手前でそれて流れて去ってしまい、光の利用者たちが凱歌をあげているおそろしい声からのがれられない。が又してもはじらいが湧きあがり、もはや転身しなければ、効果を期待することはできないと考えても、なおこの場所をぬけ出せない。やがて、天地はくらみ、かすかながら与えられていた、うすぐらい、ごく身の廻りの光をも失ってしまうと、「眼に見えたかたち」は喪失してしまう。当然そこに安らぎが広がり、眼に見えないもののおそれは、その安らぎに場所をゆずる。あれほどおそれていた敵は依然としてあるが、敵の眼の下で、ゆるやかに表現のしみが広がって行く。「かかわりのないこと」がなくなってしまったのではないが避ける気遣いに心くばることなく、表現じしんが、みうちの満ちてくるときめきを覚え、日常は夢の中にも侵入する。しかしもはやその日常は超現実とも言えない。われわれの周囲の「眼に見えたかたち」だけの現実もそこに持ち込まれ、眼に見えたままに表現されていないような装いが生まれてきても、眼に見えないもののおそれをじぶんのうちがわに消化してしまったのではない。それは、つと逃げてなおその外側に、はなれたままぼんやりとそしてはっきり位置をもつ。広がった日常はいっそう危機に追い込まれる。これがわれわれの現実の広がりを獲得するについての理解の程度であった。ついにわれわれはシュールレアリスムをつかみだすしごとに成功しなかった。(以下略)

◆島尾敏雄「非超現実主義的な超現実主義の覚え書」(『非超現実主義的な超現実主義の覚え書』所収、1962年、未來社[初出:『映画批評』1958年2月号])


日本におけるシュルレアリスム運動の挫折、それへの批判を、実存の問題として語る。






2016年8月4日木曜日

冨士原清一『魔法書或は我が祖先の宇宙学』より

「成立」

Wir suchen überall das Unbedingte und finden
 immer nur Dinge -Novalis


夜の子宮のなかに
私は不眠の蝶を絞殺する
私の開かれた掌の上に
睡眠の星形の亀裂が残る

   ★

風はすべての鳥を燃やした
砂礫のあひだに錆びた草花は悶え
石炭は跳ねた
風それは発狂せる無数の手であつた

溺死者は広場を通過した
そして屋根の上で生が猿轡を嵌められたとき
夜は最後の咳をした

   ★

かの女は夜の嵐のなかに
鉛の絲を垂れて
かの女の孤独の影を釣る

   ★

泥が泥を喰ふ
石が石を粉砕する
沈黙が沈黙の喉を絞める
不幸が不幸を下痢する

早朝私の影は穴倉から
血の繃帯を顔に巻いて出てくる
蒼白な風の平原
そこで私は風の首を切断する
私の頬は打ち倒された
私は私の顔を喪失する

肉体の周囲に
死は死人のごとく固い

   ★

沼が泥の足で入つてくる
壁のなかで蕈が拍手する
肉体は久しいあひだ
寝台の上に忘却されてゐる
肉体それはつねに荒地である
そこでは臓物の平原のなかを
血尿の河が流れる

私はながい孤独の雪崩の後に
疲労の鏡を眺めて
顔面に短剣で微笑を鏤める

   ★

蛹 それは成立である
蝶 それは発見である

   ★

火薬のごとき沈黙があつた

私の唇は砕けた
そして背後に打ち倒された私の頭は
襤褸屑になつた手たちを眺めた

足はいつまでも立つてゐた
打ち込まれた斧のごとく

   ★

家のなかの見えない岩石
私は衝突する
私は傷つく
私は覆へされる
家のなかの見えない岩石
ただそれが巨大であることだけを
私は知つてゐる



-----------
日本におけるシュルレアリスム詩運動の中心人物だった冨士原清一(1908-1944)は、生前、一冊の詩集も残さなないまま戦争に召集され、ビルマで戦死した。
詩集『魔法書或は我が祖先の宇宙学』(1970年、母岩社、[限定100部])は鶴岡善久の手によって編まれ、瀧口修造が夭逝した友に宛てた序文「地上のきみの守護天使より」を寄せる。
ここに紹介する詩「成立」は1933年[昭和8]6月、雑誌『文学』に掲載された。

シュルレアリスム詩が、〈実存〉をめぐる哲学の圏域と深く交わっていることを窺える佳作である。


見返しに綴じ込まれた深沢幸雄の銅版画(エッチング)


◆冨士原清一詩集『魔法書或は我が祖先の宇宙学』(1970年、母岩社、[限定100部])
序文:瀧口修造
編者:鶴岡善久
オリジナル・エッチング:深沢幸雄
装画・装幀:高橋安子 






2016年8月1日月曜日

詩誌『EumenidesⅢ』51号



表紙装画:つかもとよしつぐ

【巻頭エッセイ】
つかもとよしつぐ「美しいということが、」

【連載詩】
渡辺めぐみ「約束――ルネ・マグリット作『野の鍵』に寄せて」
広瀬大志「魔笛」
伊藤浩子「居室 (#2)」

【詩】
小笠原鳥類「いろいろな生きものの映画」
カニエ・ナハ「座間」
高塚謙太郎「もりあわせ」
藤井わらび「恋文」
森山恵「手のひらの 花びらの」
海野今日子「いざ、ゆかん(ひとをおくる)」
京谷裕彰「ムーミンはカバかな」
小島きみ子「灰色の翼の」「雨の唇」

【時評】
小島きみ子「二〇一六年一月から三月までに読んだ詩集・詩誌紹介」


◆2016年8月5日発行
 A5判 54頁 600円+ 送料180円
 編集発行人:小島きみ子 
 講読のご希望は eumenides1551◎gmail.com (◎→@) まで

2016年7月27日水曜日

松元悠《カメ殺人事件》《壁》のリーディング


松元悠(まつもとはるか)さんの絵はいわゆる「絵解き」によって鑑賞が深まる絵であるが、イコンなどのように道徳的な教導を目的としたものとは違い、決まった答えがない。
答えがないから、各人が自由に解釈できる。
しかし好き勝手に解釈、とはいかない。タロットカードやオラクルカードのようなリーディングを促される。
なぜなら、図像は作家の意識的な経験から無意識裡に合成された象徴性の高いものなので、自ずと名指しえぬ領域へと意識が導かれていくだろうから。そして構図には世界観が反映されている。
名指しえぬ領域に鑑賞者の意識が導かれたとしても、美的な、あるいは倫理的な判断の結果は視る度に異なるかもしれない。リーディングは真逆になることもあるだろう。

ここではっきりしているのは、作家の生活における、私的であると同時に社会的な経験がモチーフになっているということ。
一見すると閉じられているようにみえるものでも、つねに外へと開いている。作家の問題意識も、作品も、ともに開かれによって特徴づけられる。

それでありながら、作家本人は制作の過程において象徴物の意味を明確に把握しないため、作家と、鑑賞者による読み解きという行為との間を作品が浮遊する。(悟性による構築という方法を採用していない)ゆえに、作家ですら気づいていなかった恐るべき現実が、鑑賞者との対話によって次々に開示されていくのだ。
見た目は「シュール」だが、一般的な幻想美術の系譜には収まらない(もちろんそこへも広がるが)。
作家の内的世界と、作家を超越してある世界とが同一平面上に描き込まれることで、現実を超えた現実が画面の中に凝縮されている。つまり〈強度の現実〉がそこにあるということだ。

松元さんの作る絵は、紛れもなく21世紀のシュルレアリスム絵画である。それを条件付けているものがあるとしたら、〈開かれ〉に他ならない。

以下、二つの作品について、リーディングを披瀝することにしよう。

《カメ殺人事件》 水彩画,2014

描画された支持体のサイズは縦55㎜×横90㎜とても小さいが、台紙の余白と唐草の額縁が意味への衝動をかき立て、見る度に私の無意識と反応し、本質を同じくしつつも異なる寓意が湧出、結像する不思議な絵画である。

おとなしく殻に籠もって生きているカメが、悪意あるなに者かによって凶器として使われたという寓意的な絵画。実際の殺人事件のニュースがモチーフになっているそうだが、イメージの展開はそこにはとどまらない。長いものに巻かれて殻を固くする生き方をしていると暴力的な秩序に利用され、いつの間にかその秩序に同化し、自らの存在が他者を圧する凶器になってしまう・・・自発的隷従批判・・・などなど。画面の構図左側にいる黒い装束の人物(カメをもっている)が暗示するものが、実はもっとも重要な図像であることがわかった瞬間、激しく鳥肌が立った。
水面下にあって人間をおいつめ、判断を誤らせる構造的なもの一般を象徴しているようだが、殻や甲羅は繊細で壊れやすいものを守るための鎧でもある。
だとすると、カメとは「ありうるかもしれない私」の姿であるともいえる。

 《壁》 リトグラフを基調としたミクストメディア版画,2015

支持体のサイズは1000mm×765mm。

画面中央に佇む、流下する滝を衣のようにまとった女性が〈壁〉を象徴している。
その〈壁〉によって人々の心が分断されてある、この世界の様相を描いているのだろうか。滝には魚が流れ落ち、滝壺の回りの沼沢には腹を切り裂かれて死んだ魚が浮かぶ。
沼沢には岩に混じって大きな蟹の甲羅もある。

〈壁〉が分断する両側の人の群れは、異なる装束を纏いながらもみなそれぞれ〈壁〉を象徴する中央の女性と同じ顔をしているのだが、これらの〈顔〉はすべて作家自身の肖像なのだという。
そして蟹や魚などの魚介類は、作家にとっては幼少の頃から身近なものとしてあったそうで、象徴的な意味をもって様々な作品に登場する。それらは制作時点では意味が開示されることなく無意識裡に配されるようだ。

私は作品《壁》を以下のように読み解いた。

ここには複数に分裂してある〈現存在〉、あるいは〈ペルソナ〉が暗示されており、それらを分離している〈壁〉すらもが自らの肖像である。この画面上の事実からは、実存をめぐる様々な相が描き込まれていることを示唆しているように解される。

そして、〈壁〉とは現存在を潜在意識の内奥で統べる上位の存在、つまりスピリチュアリストがいうところの〈大いなる自己〉、もしくはヤスパースやレヴィナスやメルロ=ポンティがいうところの〈実存〉と読める。あるいはニーチェのいう〈エス〉、あるいは〈実存〉に対峙する〈超越者〉とも。

この絵を読み解くための思考のツールは思いつくだけでもレヴィナス、ヤスパース、ユング、フロイト・・・などが挙げられるが、どのようなツールを使うかは各人の自由な選択に完全に委ねられているとしても、深層にあるものは容易には開示されないままにあるだろう。
それでも、視覚的な衝迫力をもって像が脳裏に印象づけられるため、いつか不図したことで明かされるかもしれない、といった期待は持続する。
この写真画像を見る度に、あるいはいつか再会の機に恵まれたときに、印象は何度でも変奏され、明かしえぬものが訪れる解として明かされるかもしれない。

松元さんの作品は反復して鑑賞するにふさわしい絵であり、シュルレアリスム絵画が、内包された実存思想から〈美学〉と〈政治〉へ外延していく好例である。

または、外延から内包へ、逆のベクトルとしても。




2016年7月11日月曜日

加藤巧 展「ARRAY」(the three Konohana/大阪市此花区)



美学者的、かつ批評家的な眼によって制作された、非常に理論的な絵画だな・・・。

これが初見したときの感想であるが、構造的なものの表徴として絵画を定位しているのだとしたら、その論理はどのように構築されたのだろうか? 鑑賞する私は分析してみたくなった。

絵画をいったん素材のレベルにまで解体して再構築することを制作の基礎とする加藤さんは、顔料に卵黄を混ぜて絵の具をつくり、描画する。卵テンペラという古い技法である。
古い技法であるということは、描画における制約も大きい。絵の具の伸びがよくない、一度に定着できる量に限りがある、すぐに乾く、といったように。

今回展示された支持体のサイズは30×30、10×10、60×2(単位は㎝)の3種類を基調としつつ、別の規格のものも若干ある。

これら、石膏で地塗りされ卵テンペラで描画された絵を眺めていると、そこに何が描かれているのか?という疑問が、第一印象とともに私の意識をしばらくのあいだ引きつけるのだが、その関心は持続しつつも、結局明かされることはない(挫折というよりは宙づりといった感じだろうか)。

オートマティックなドローイングをタブローに起こしたものであろう、といった見込みだけは外れていないのではないか、そんな慰めのような感覚を頼りに、鑑賞はさらに深まる。
描かれた形象はとても素朴で、色遣いも多くは落ち着いている。
そのためなのかどうなのか、しばらく視線を画面に滞留させていると、作家の狙いは色や形象それ自体にはないということだけが、はっきりと了解できる(させられる)。

そうこう考えながらフロアをさまよっていると、これら3種類の規格のタブローが、ある規則なり法則なりをもって並んでいることに、あるとき気づくのだ。

その気づきを伝えると、ホワイトキューブの壁面の長さを総計した数値を各サイズのタブローの枚数(30×30は7枚、10×10は6枚)で均等に割った間隔で配置している、そう説明してくれた。
つまり、三種類の規格のタブローの配列は、それぞれが他に対して少しずつずれたかたちになる。

この配列の論理が、作品を公開するにあたって環境との関係から帰納されたというところがたいへん興味深いのだが、場所や作品の物語性など固有の文脈には依存しないスタイルでありながら、この論理はこのギャラリーでしか導かれ得なかったのではないか、そんな気もしないではない。
他ならぬthe three Konohanaで、といえばもう固有名詞であり、固有の文脈に否応もなく接続してしまうではないか。
果たして人間は固有の文脈から完全に離脱することができるのか? と問われるならば、できない、としか答えられないだろう。しかし、この程度の接続であれば直接制作のスタイルをゆるがすことはないばかりか、固有の文脈からしか絵画と出会えない〈私〉と絵画との通路が確保されている、そんな安心感をももたらしてくれる。
いやいや、文脈を支える固有の条件や制約がなければ展示など成り立たないではないか。そもそもこんなふうに仮定に基づいて仮定を重ねるのは、屁理屈のような遊戯ではないか、とも思ったり・・・。

それはさておき、展示する場所が変ればその空間の寸法によって間隔が伸びたり縮んだりはしても、導かれた論理それ自体はすでに確固としてそこにある。量的には可変でありながら、安定した論理として。

これを、加藤さんは方程式と呼ぶ。

この方程式に代入される個々の絵画を制作する加藤さんは、絵画制作のモチーフや目的や目標といった、創作への意志を前方へと引っ張るものに対し、その手前でつねに踏みとどまっているように見受けられる。

作家を包み、そして越えてありつづけるものの前で、踏みとどまる。

この姿勢からは、超越的なものは表象しない、あるいは超越的なものへの誘惑は断ち切る、そんな慎ましさすら窺えないだろうか。

素材や方法によって制約を課すことで出来上がった展示空間は、理性的であり、論理的もあるが、このスタイルには自己の視座をつねに安定させる意味合いもあるのだろう。
そして、鑑賞する私の無意識を乱暴につらぬくようなことはしない。鋭さがないという意味ではもちろんない。そういう意味では、安心して眺めることのできる優しい絵画である。

しかし制作する人間としての自己を、観察、分析する態度に、徹頭徹尾裏付けられているという点で、実のところ実存的なテーマへの通路はあらかじめ設けられているともいえよう。
鑑賞と思索を重ねることで、やっと私の無意識に、実存に反照するものが立ち現れる、そんなゆっくりとした時間の中でではあるが。
あるいは無意識裏に刻印された印象を、理性で読み解く過程の中で・・・。

だから、「なぜ描くのか」「何を描いているのか」といった問いは、作家においてはすべて現象学的に判断留保されている、そのようにいえるのではないか。

この判断留保(エポケー)によってはじめて「描く」という行為や、「描かれたもの」の根源を辿ることができる、そんな確信が窺える。

そうして、「何を描いているのか?」という問いに、
加藤さんは「描(えが)きを描(えが)いているのだ」、と応答する。

「描きを描く」・・・。

「描き」とは、制作する主体の立ち位置を表す言葉でもあるのだろう。

タブローの点数には依存せず、さらにはタブローの大きさにも影響されない、絵画におけるひとつの美学がここに提示されている。



◆加藤巧 展「ARRAY」 the three Konohana 2016.6.17-7.31