2012年4月23日月曜日

竹中郁「赤い蛾」

 机の上で、ラムプの位置を近よせたり遠のけたりする。壁にうつつてゐる自分の影が伸びたりちぢんだりする。
 影の中に、先刻(さっき)から、赤い蛾が一匹動こうともしない。丁度僕の心臓を食ひやぶってでもゐるかのやうだ。ラムプを消すと、僕の動悸のはばたくのがきこえる。暗闇にはつきりと、はげしく何ものかに負けてゐる音がきこえる。



(詩集『象牙海岸』〔1932年〕所収。テキストは『竹中郁全詩集』〔1983年〕より、ルビは一箇所を覗いて省略)


 

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