2013年3月12日火曜日

『「きりん」の絵本』(2008)「あとがき」より


「戦後の関西でこどもの創作活動がいかに大切にされ、支えられたかを証する希有な記録だが、その活動は単にこどもの詩・綴り方の教育という枠に囲い込まれるべきではない。なぜなら『きりん』は、詩人・文学者・教育者とならんで数多くの美術家が協力を惜しまず、とりわけ当時の先進的な画家が積極的に加わることで、視覚芸術の面からみても他に類例のない雑誌となったからである。結果として『きりん』は、教育、文学、美術といった個別の分野を横断し、それぞれの境界を貫く根源的な思想の探求へと向かっていく。それは、こどもを見つめ支援した大人たちの思想的立場の表明として、あるいは芸術的理念の結晶として、半世紀を経た今もなお、輝きを失っていない。その出版活動は、こどもの創造力を高めるという本来の目的と共に、大人自身の人間観・芸術観をも絶えず問い直し、思考の鍛錬を課す媒体として機能していたのである。
こうした『きりん』の哲学全体を集約し、もっとも直截に伝えるのが表紙絵であり、その選択を創刊して約一年あまりで任されたのが浮田要三氏であった。」
(『「きりん」の絵本』「あとがき」より/加藤瑞穂・倉科勇三)


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